パン生地をしっかりと捏ねるのはグルテンを形成させるためです.グルテンとは,小麦タンパク質のグリアジンとグルテニンが複雑に絡み合った弾力性と伸展性を特徴とする成分です.強いグルテンを作ると,発酵によって作られる炭酸ガスをしっかりと抱え込むことができて,大きく膨らんだやわらかいパンを作ることができます.グルテン形成の過程では,それぞれのタンパク質を構成するアミノ酸のうちのシステインの-SH基(スルフヒドリル基/チオール基)が酸化縮合して-SS-結合(ジスルフィド基)を形成します【反応①】.
【反応①】 2[-SH] → (酸化縮合) → [-SS-結合]
市販のパンでは原材料表示にビタミンCと書かれた製品を見かけることがあります.じつはこのビタミンCは栄養強化ではなく,グルテン形成を促進させる目的,すなわち酸化促進(-SS-結合形成促進)の目的で添加されています.大まかな添加量は,小麦粉1kgに対して,直捏法や中種法では10~50mg程度,連続製パン法では20~200mg程度です.
ビタミンCを添加すると,捏ねる時間を短くしても強いグルテンを形成させることができるため,単位時間当たりの生産量を20%以上も増加することができるとのことです.
パン生地に添加したビタミンC(還元型ビタミンC:アスコルビン酸)は,空気中の酸素で酸化して酸化型ビタミンC(デヒドロアスコルビン酸)【反応②】となり,この酸化型ビタミンCが-SH基から水素(H)を引き抜くことで,グルテンに必要な-SS-結合を形成させる【反応③】と考えられています.
【反応②】 1/2[酸素] + [還元型ビタミンC] → [酸化型ビタミンC] + [水]
【反応③】 [酸化型ビタミンC] + 2[-SH] → [-SS-結合] + [還元型ビタミンC]
また,還元型ビタミンCは,鉄などの遷移金属イオンと一緒になると,酸素をスーパーオキシド(スーパーオキサイドアニオンラジカル)に変換【反応④】することが知られています. スーパーオキシドは強い酸化力を有する活性酸素種のひとつです.パン生地中の遷移金属イオンと添加した還元型ビタミンCによって生成したスーパーオキシドが-SS-結合を形成【反応⑤】させるということも,グルテンの形成を促進していると考えられています.
【反応④】 [還元型ビタミンC] + [三価鉄] + 2[酸素] → 2[スーパーオキシド] + [二価鉄] + [ビタミンCラジカル]
(※ビタミンCラジカル:モノデヒドロアスコルビン酸ラジカル)
【反応⑤】 2[スーパーオキシド] + 2[-SH] → [-SS-結合] + [過酸化水素]
同じように,「かまぼこ」の製造においても、すり身のタンパク質(ミオシン)に-SS-結合を形成させてコシを強くするために,ビタミンCの酸化促進作用を利用することがあります.
ビタミンCは生体内では抗酸化成分として機能していますし,多くの食品において『抗酸化剤』として利用されていますが,一部の食品製造では逆に『ビタミンCの酸化促進作用』の特性を利用することもあるのです.
参考文献:
西村公雄:加工工程での食品タンパク質の品質改良並びにその機能改変.日本食品科学工学会誌, 71(3),71-82, 2024
Every D, et al.: Studies on the Mechanism of the Ascorbic Acid Improver Effect on Bread using Flour Fractionation and Reconstitution Methods. J. Cereal. Sci. 30(2), 147-158, 1999
[山本 憲朗]