ホルモンのなかには,その生成にビタミンCを必要とするものがあります.アミノ酸の一つチロシンからできるアドレナリンと,カルボキシル末端がユニークな構造をしているいくつかのペプチドホルモンの代表としてオキシトシンをとりあげます.
我われは突然の恐怖や危険に直面すると,心拍数の増加,血圧の上昇,血糖の増加などの生理的反応が引き起こされます.このとき働くホルモンがアドレナリン(エピネフリンとも呼ばれる)で,副腎で合成されます.神経伝達物質として働くアドレナリンもあって,こちらは特殊な神経細胞によって合成されます.この合成はチロシンを前駆体として代謝が進みますが,アドレナリンができる1段階前の反応は,ドーパミンからノルアドレナリン(ノルエピネフリンとも呼ばれる)への変換です.この反応でビタミンCが水酸化酵素(ドーパミンβ-ヒドロキシラーゼ)の基質の一つとして作用します.この酵素には触媒部位に2個の1価銅があって,この銅が酸素分子を活性化してドーパミンへの水酸基の導入を引き起こします.その結果銅は2価銅に変わるので,これを1価銅にもどすのにビタミンCの還元力が使われます.
アドレナリンのほかにもビタミンCが,脳下垂体から分泌されるホルモンの生成に関与します.そのようなホルモンの一つにオキシトシンがあります.オキシトシンは,近年「絆ホルモン」とか「愛情ホルモン」とか呼ばれて,母と子の愛情や社会での集団生活における人間関係の形成などに関係していることが注目されています.このホルモンはもともと,分娩時の子宮収縮作用や授乳における射乳作用が知られていました.オキシトシンは9つのアミノ酸からなるペプチドで,カルボキシル末端がカルボキサミド基(-CONH2)であるという特徴があります.末端がカルボキシル基(- COOH)であるとホルモン活性が失われるので,カルボキサミドの構造が重要です.この基ができるとき,オキシトシンの前駆体分子に水酸基が導入されて反応が進みます注1.この反応を触媒する酵素は触媒部位に2個の1価銅を持ち,ビタミンCを補酵素とする点は,前述のドーパミンβ-ヒドロキシラーゼと全く同じです.
注1 化学用語が苦にならない方むけに注を付けました.オキシトシンの前駆体のカルボキシル末端にはグリシン残基が余計に結合しています.水酸基が導入されるのは,グリシン残基のカルボキシル基の隣の炭素(α炭素)です.続行する酵素反応において,水酸化された前駆体はグリシン部分が切り離されて,断端にカルボキサミド基が作り出されます.
[錦見 盛光]