やさしいビタミンCの知識

エピジェネティクスとビタミンC

妊婦の栄養状態が子どもの将来に大きな影響を与える「エピジェネティクス」が注目されています.

第二次大戦末期,オランダのある村がドイツ軍に包囲され,食糧が長期間断たれました.極端な栄養不足の妊婦から生まれた子どもが,大人になって2型糖尿病,虚血性心疾患,脳梗塞,脂質異常症,神経発達障害,統合失調症を起こす率が高いことが,その後50年の追跡調査で明らかになりました.

エピジェネティクスとは,「DNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化」と規定されます.遺伝子の変異とは違い,エピジェネティクスは,一度決定された遺伝子発現の状態が環境や生活習慣など外的要因の影響を受けて変化します.これらにより通常とは異なる遺伝子発現状態となり,癌や様々な疾患の発症に深く関与すると考えられています.

エピジェネティクスに関しては,粗食の日本人は脂肪を蓄えやすい倹約遺伝子をもつとか,DNAが同じ一卵性双生児でも生活習慣によって健康状態に差が出るとか,色々あります.その原因について多くの研究が行われています.

言うまでもなく,胎児のDNAは栄養状態にかかわらず同じです.しかし,どれかの遺伝子が働きやすくなったり,働きにくくなったりすることが栄養状態によって変化すると考えられています.しかもその状態が細胞分裂後も継承されます.現在,どの遺伝子がどのように変化するのかが解明されつつあります.

ここでは,「DNA」は全部のDNA配列を意味し,約2万種類あるヒトの個々のタンパク質をコード(規定)するDNA配列を「遺伝子」と呼びます.

エピジェネティクスの一例が組織の分化です.どの組織の細胞もDNAは同じですが,細胞の形や機能はすべて違います.同じDNAでも発現する(タンパク質を作る)遺伝子の組合せが違うため,このようなことが起こります.例えば,肝臓の肝細胞は,次に細胞分裂してもやはり肝細胞であり,その形質は維持されます.

ゲノム(全染色体)は,アデニン(A),チミン(T),シトシン(C),グアニン(G)の4種類の塩基からなるDNAとヒストンなどのタンパク質から構成されます.DNA,RNA,ヒストンの化学修飾も遺伝子発現を調節します.

中でも下図に示すように,DNAのプロモーター領域[転写因子(DNAの転写を調節するタンパク質)などが結合する領域]にあるシトシンの5の位置の炭素が5-メチルトランスフェラーゼという酵素でメチル化されて5-メチルシトシン(5mC)に変わると,転写因子が結合できなくなるとか,5mCを認識して結合するタンパク質群の作用でDNAの形態の変化やヒストンの化学修飾が起こり,当該遺伝子の発現を抑制します.Exonは,タンパク質の配列を決めている部分です.

逆に5mCのメチル基を除去するのが,ビタミンC,鉄イオン,2-オキソグルタル酸(2-OG),酸素を必要とするTET(Ten-eleven translocation protein)という酵素です.TETは現在,TET1,TET2,TET3の3種類が知られています.

TET1-3は5mCのメチル基(-CH3)に酸素を導入して,ヒドロキシメチル基(-CH2OH)に変換します(下図参照).プロモーター領域の5-ヒドロキシメチルシトシン(5hmC)は,多くの場合,当該遺伝子の発現を活性化しますが,ヒドロキシメチル基がさらにTET1-3で酸化されて脱離し,元のシトシンに戻ります.あるいは,酸化されたシトシンを異物と認識して除去し,シトシンを入れ直して元のシトシンに戻す酵素も存在します(塩基除去修復).


5hmCはすべて除去されるわけではなくDNAに一定量存在しますが,その機能の詳細は未だ不明で,分化,癌化,癌の転移などに関わると考えられています.このように,代謝,分化,癌化などがDNAのメチル化と脱メチル化のバランスで調節されており,ビタミンCが遺伝子発現を調節することがわかりました.

エピジェネティクス関係で話題といえば,体重2500g未満の新生児に低栄養の可能性があることです.日本では昔,「小さく産んで大きく育てる」と言われましたが,これは否定され妊婦の栄養(体重)管理が変わりました.

妊娠したことがわからない妊娠10週以前に神経ができますが,葉酸(ビタミンCと同じ水溶性ビタミン)が1日400μg(μg:マイクログラムは100万分の1g)必要とされています.妊娠を希望する女性は,妊娠以前にサプリメントの使用が推奨されています.葉酸は食事からも摂るのでサプリメントは400μg以下にすべきです.なお,葉酸とビタミンB12はDNAのメチル化に必須です.

エピジェネティクスは癌以外,多くの疾患との関係で膨大な研究に発展しています.興味のある方は下記の参考文献をご覧ください.


参考文献

仲野徹 (2014) エピジェネティクスー新しい生命像をえがく, 岩波新書

岸本祐樹, 石神昭人 (2014) ビタミンCによるエピジェネティクスの制御.ビタミン88, 40-43

佐藤安訓,石神昭人(2018)ビタミンCはエピジェネティクスによる制御を介して白血病の発症を防ぐ.ビタミン92, 389-393

Li E, & Zhang Y (2014) DNA methylation in mammals. Cold Spring Harb Perspect Biol 6,a019133

TET1については多数の総説がありますが,例えば,

Liu W, Wu G, Xiong F, Chen Y (2021) Advances in the DNA methylation hydroxylase TET1. Biomaker Res 9:76

葉酸については,

平原史樹(2009)妊婦への葉酸摂取推一先天異常リスクの低減化一.ビタミン83, 259-263

[小城 勝相]